オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督がインタビューで「ヒトラーを人間的に描くというタブーに挑戦した。しかもドイツ人の自分が」という様な事を話していた。
主演のブルーノ・ガンツも「この役を引き受ける事に強い迷いがあった」と言っていた。
この監督と主演俳優のインタビューを見なければ、ドイツ人がヒトラーを描くという事がタブーであったと言う事にも気づかぬままこの映画を観ていたかもしれない。
ただヒトラーの伝記のような作品を作るということだけでなく、独裁者ヒトラーを愛や感情を持った一人の人物として人間的に描くという事がタブーと言われるような事なのだと思う。

2002年公開「アドルフの画集」は、画家を志していたアドルフ・ヒトラー青年が、いかにして史上最悪の独裁者へとなっていったのかと言う、“始めの一歩”を、架空の画商の視点によって描かれた作品。
「アドルフの画集」はハンガリー・カナダ・イギリス映画でメノ・メイエス監督。メノ・メイエス監督自信も、映画に着手する前は、“ヒトラー=モンスター”というイメージでとらえていたという。
「アドルフの画集」を観て、ヒトラーという人物をただ独裁者、悪魔のように突然変異した怪物のようにしか感じられなかった捉え方を、ヒトラーも自分と同じ人間で、夢もあり挫折があり、希望と野望があった青年だったという等身大の人物として見る事が出来た。
それがナチスを肯定する事には勿論ならないが、同じ人間として彼を見てみる事が、過去に起きた戦争、虐殺などを考える上で何かのヒントや取っ掛かりになるかもしれない。
同じ人間として考えるからこそ、もっと恐ろしく感じてくる部分もあると思う。
そういった事が、過去に起きた戦争や過ちを深く思考する事に繋がり、風化させない為になるのかもしれない。
「ヒトラー 〜最期の12日間〜 」は、歴史家ヨアヒム・フェストの「ダウンフォール:ヒトラーの地下要塞における第三帝国最期の日々」と、第二次大戦終結の二年前にヒトラーの個人秘書として雇われたトラウドゥル・ユンゲの回想録「最後の時間まで:ヒトラー最後の秘書」をベースにした、プロデューサーでもあるベルント・アイヒンガーによる脚本。
詳細な記録を元にヒトラーとその側近、家族達までの人物像や地下要塞で起こった事が淡々と描かれる。
ソ連軍の砲火の中で精神的に追いつめられ、敗戦を確信した側近達から逃亡を勧められても堅くベルリンを離れようとはしなかったヒトラー総統。
そして、周りの者たちへ自決用の青酸カリを渡し、妻と拳銃自殺する。
タイトルから、最後の日までカウントダウンしていく手法かと思っていた。
しかし、そういったドキュメンタリー的なものよりももっと、ヒトラーと、その身近にいた人物達の詳細な描写、ベルリン街中での民兵とソ連軍との戦い、戦争のただ中で、何が正しく何が間違っているのかがわからなくなってくるような狂信的な空気が抑えた演出でクールに激しく描かれる。
多くの人物が出てきて、それぞれがその時どうしたのか、という点でも見応えがある。
史実に詳しい人はもっと深くこの映画を読みとる事が出来るのだろうと思う。
地下空間独特の乾いた不気味な空気音を常に感じる、息の詰まるような画面に、秘書やヒトラーの妻エヴァなど女性と、子供達が映るだけで柔らかく、温かい潤いが生まれる。
その女性達も始めはどこか他人事のようだった戦争が、次第に自らの生死に関わってくるようになって、戦争の中で運命に翻弄されるが、その運命もかつていつか自分が選んだ道の先にあったのだと悟っているように見える。
観る人によって、注目する登場人物はそれぞれだと思うが、一番心に残ったのは宣伝大臣のヨゼフ・ゲッペルズとその妻、6人の子供達の母親がした事だった。
どうしても共感は出来ないが、そうさせた時代と考え方が実際にあったという事に恐ろしさを感じ、また自分や家族や身近な人がそうなり得るかもしれないという恐怖を改めて感じた。
そして、2時間35分の映像の中、犬死にしていく人々の姿や戦争の愚かさ、想い敗れ自殺していく者の惨めさと切なさの全てを、秘書トラウドゥル・ユンゲ本人の生前の言葉が語り尽くしている。
映画冒頭のナレーションと、ラストのトラウドゥル・ユンゲ本人の言葉が、一番心に重く激しく突き刺さってくる。

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